Archive for the ‘diary’ Category

我に幸あれ

in diary

最近は冬のせいか休みの日に眠りに着くと次の日の夕方まで寝てしまうということがたまにあり、起きると1日が終わってしまった気持ちになる。

先日はとある送別会に参加し朝まで結構な酒量。帰り道は覚えてないが帰宅して眠りにつき、目が覚めたのは夕方の4時。そこからぼーっとし、ご飯を食べたのが20:30頃。いつもなら悔やむところだが、冬だしそれだけ疲れているんだろう、と悔やむことは極力避け、なんなら新曲の歌詞がかなり難産でそれをようやく書き上げたのだからこれくらいは目をつむろうではないか、と自分へのささやかなご褒美のように捉えられたのなら最早こちらのものである。

毎週欠かさず見ている大河ドラマ黒田官兵衛が終わろうとしている。俺は日本史が小学校の頃から好きで、親父からの誕生日プレゼントで記憶に残っているものといえば「日本史大全集」や、「教科書では教えてくれない日本史」等であった。それに加え親父の書斎にある様々な歴史小説を好んで読み、夏休みの課題として読書感想文というものがあったが、小学校6年生の時に司馬遼太郎先生の「龍馬がゆく」についての感想文を書いた記憶もある。自慢だが某M大学の入試の日本史の得点は自己採点では100点であった。好きこそ物の上手なれとは良く言ったものである。

その一方数学や理科には全く興味を持たなかったので、高校時代は赤点といつも戦っていた。つまりはそういうことだ。自身の大学進学の際、経済学部を選んだのは未だに謎である。

いやはや、1曲書き上げた途端の余裕のあるブログ更新のご様子。歌詞を書いては全消しの繰り返しの中で、すらっと書けた時のよっしゃ感を久々に味わう。歌詞を書き終えたのが朝の7時。そこから独り打上で缶ビールを飲みながら、軽く歌にあわせる作業をしている時の幸福感たるや。

 

 

 

 

 

 

たまりませんな!!

 

では

また

ふじた

 

 

追記。

in diary

11月に強く思ったことがあったのでたまにはそういうことも書いておくことにしよう。

普段世界中で沢山行われているライブハウスでのライブ。それはライブハウス主催の通常ブッキングライブしかり、1年に一回しか行われないイベントしかり、発案者の意図や気持ちが伝わってくるものは良い1日になることが多い。

我々はステージに上がって精一杯ライブをすることが主な仕事なのだけれど、そのお膳立てをしてくれるのが発案者ないしスタッフであり、それを見に来てくれるお客さんがいて初めてライブイベントが成立する。

毎日沢山のライブイベントが行われており、日本ではネットで調べた範囲で3000ものライブハウスが存在するらしい。ネットに登録してないところを数えればもっとあるだろう。ということは日本で1日3000本ものライブイベントが行われていると仮定出来るわけだが、その中の一本を選んで遊びにきてもらえてるというだけでもすごいことだなと思わざるを得ない。まあ地理的な問題とか、色んな要因はあるけれど。

11月に出演したライブは弾き語りのライブを入れると3本。3本とも発案者の気持ちが伝わるライブイベントであり、そんなイベントに呼んでもらえていることを俺は少なからず誇りに思う。

浅草での弾き語りは、ineのママさんや常連さんの暖かい気配り。終演後の近所の定食屋さんで作られた親子丼のまかないにやられた。下北で行われたPatchworkでは主催のミツキ&トモによる手作りのバンド紹介冊子。こまめに連絡をとってくれたこと。告知動画の配信。特に冊子は嬉しく、保管。黒崎でのライブでは、芋焼酎を飲んでいたら途中で品切れになってしまい、ドリンクボーイが走って次のバンドの転換時間までに芋焼酎を用意してくれたことや、打ち上げでの振る舞い刺身等々。

色んなところで動いてくれてる。

 

「ライブハウスのライブってつまんなくない?」

 

そういう意見は沢山聞く。

勿論駄目な部分もたくさんある。客観的視点から言って正しい意見も多く、素人仕事だなあって思う部分もあるかと思う。よく聞く「受付の人が愛想悪い」とかね笑。そんなんライブハウスじゃなくても沢山いるけど。どちらかと言うと俺なんかは機械的にいい声だして丁寧な言葉遣いの店員さんの方がなんか残念な気持ちになることが多いけども。まあいいか。

客が気遣わなきゃいけないのって?

そんなん、あたりめえだろい。

お客さんも演者も裏方さんも等しくマナーはある。なるべく広い視野で良いところ悪いところを探しながらやっていければいいんじゃないだろうか。

それでも経営状況が悪くて閉店したりすんのはしょうがないこと。

ただ悲観的になってるだけっつーのは信じれないかな。

 

 

「いい時間を過ごせるように。」

 

「うまい酒が飲めるように。」とか。

 

そう皆が思ってればライブハウスはもっと楽しい場所になれるかなー。

 
どうかなー笑。

 

 

まずはバンドが良い演奏しないと駄目だね。チケット代高くねーか?って言われたら情けないじゃん。

 

引き締めていきましょー。

 
では
また
ふじた

11月からの。

in diary

11月は個人的に少々ハードだったように感じ、あっという間に過ぎた。

もう12月。師走だ。当然我が師も走ってるんだろう。師匠が走ってるから俺もべったりついていきたいところだが、俺は11月を走ったので少し後から追いかけますんで大丈夫です、ちゃんと最後には追いついてますから。

11月のハイライトはなんといっても11/23の北九州への遠征である。頑張ってるバンドが当たり前のごとく全国をハイエースで行脚する中、たった一本の遠征をハイライトにあげる我々はやはりまだまだ甘っちょろいバンドであるかもしれん。とは言えこの一本が我々にとっては大事な一本。新幹線+宿付きで向かう我々は「なんと贅沢な、メジャーなバンドでもない癖に」と冷たい目線を向けられるのは必定であろう。

何を言うか。こちとらライブ時の体調を考え、なるべく身体的に負担の少ない方法で、無論自分で稼いだお金で来ているのだから文句は言わせんぞ。と言い訳はたんまり用意している。なにしろこちらには黒崎マーカスの30周年、ファズピックスの一年ぶりの復活を祝うという大義名分があるのだ。わしらが官軍であることは明白であろう。

毎週の楽しみ「黒田官兵衛」ではついに関ヶ原の合戦である。家康と三成は大義名分をなんとか作ろうと必死になり、家康はようやく上杉討伐という名目で三成を誘い出した。そこで如水(官兵衛)はどちらにもつかず!。。。にしても初北九州、黒崎は楽しかった。見に来てくれた方々本当にありがとうございました。感謝。メインのファズピックスのライブもさることながら、全バンドじっくり楽しむことが出来、おかげさまで我々のCDも売れ、打ち上げのお刺身も非常に美味しく上機嫌で呑んだ。やはりライブ終わって「良かったぜ!」等と声をかけてもらえると素直に嬉しい。

後今回遠征して思ったこと。小倉について早速俺はスタジオに入りたくなり、「てーい!スタジオに入りたい!イワサ!スタジオはどこぞ!」とスタジオ予約奉行のイワサにスタジオをとってもらい、小倉のスタジオに飛び込みで2時間入った。そこで準備運動がてら新曲作成を行ったわけだが、作業が思いのほか進んだ。きっと他に何も予定が無いからである。東京での日々のスタジオはどうしても生活の中に組み込まれているために、家に帰ったらあれしてこれして、など集中力に欠けるのだろう。なので次のレコーディングがあれば合宿みたいな感じで行えるのが一番良いだろう。実現するかどうかわからんが。

11月他には北九遠征前にミツキ&トモによるPatchwork vol.2に出演して久々に3人でライブしてみて気づいたことも沢山あったし、知人の結婚式に出席したりと、充実していたように思う。

さて12月は曲が自分の中でたまってきたので、バンドで合わせながら歌詞を書く作業になると思われる。忘年会とか別にもういいよね?駄目かな。一応?あんま忘れることないけどな。

とりあえず12月励みます。大阪遠征あるし、クリスマスライブあるし。

 

では

また

ふじた

いよくてきである。

in diary

たまにはブログでも書くか。
そもそも意欲がないのに、自分を奮い立たせようとすることは無駄なことだなあ最近よく思う。

 

 

 

 
そう、ブログを書く意欲がない。

一時期は最近自分で面白いと思えるブログが書けないと嘆いていた著者であったが、これを認めるまでに時間を要したようだ。

そう、ブログを書く意欲がないのだ。

 
なんならライブの宣伝をする方がよっぽど面白いのだ。

一時期はライブの宣伝だけのブログなんぞ、なんて味気のない、なんならいやらしい、芸術家っぽくないと嘲笑の目線を送っていた著者であったが、これを認めるまでに時間を要したようだ。

そう、ブログを書く意欲がないのだ。

 

 

おそらく過去の自分(ブログ)を美化し、それを求めようとすればするほど理想からは遠のいていくのだ。

今の自分(ブログ)をちゃんと理解してやれよ、認めてやれよ。

じゃなきゃ自分を(ブログ)幸せになんか出来ねえぞ。

 

 

 

そう、ブログを書く意欲がないのだ。
では
また
ふじた

 

殻を破ったか。

in diary

最近はCDを中古だけど沢山買い漁っている。ここ2、3年でまたCDを買い出したんだけど、やっぱ素晴らしいミュージシャンは過去も現在も沢山いるわけで、最近本当に遅まきながらレッドツェペリンを1から聞いてみようということで、もうちょいで全作揃え終わるのかな。とにかく凄まじい。

ひたすら食わず嫌いだったわけだ。

あの、伝説の!

とかそういうのが昔から苦手で。

少し殻を破った気がする30の秋はじめ。

では
また
ふじた

 

 

UFOみちゃったよってか

in diary

去年親友UKからもらった誕生日プレゼントはUFOの形をした風鈴。

3ヶ月程前に人生で初めてUFOを見た。あれは絶対UFOだった。

貴ちゃんナイトで「UFOみちゃったよ」というグルービーな新曲を作って披露。

先日その親友UKの誕生祝に天体望遠鏡をプレゼントした。

星もそうだけど、UFOも見れるかもな。

なんかUFOづいてるなーと。

今後やるかはわからないけど気に入っている歌詞なので載せておこう。簡易的でもレコーディングしときたいな。楽しそうだし。

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「UFOみちゃったよ」作詞作曲:フジタタカノブ

いえーい UFO 見たよ
いえーい まじで 見たんだ
君に 君に 話すんだ

いえーい UFO 見たよ
いえーい まじで 見たんだ
君に 君に 話すんだ
信じ るとか 問題 じゃないぜ

よく晴れ た空だった
見上げた 視線の先
光が 飛んで 飛んで 消えて
あとか たもなく いつもの空

いえーい UFO 見たよ
いえーい まじで 見たんだ
へー 良かったじゃないか
いえーい 俺は 見たんだ
君に 君に 話すんだ
信じ るとか 問題 じゃないぜ

よく晴れ た空だった
見上げた 視線の先
光が 飛んで 飛んで 消えて
あとか たもなく 見たんだ俺は

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そいや先日墓参りに帰省。あちこちいったりきたり。移動も多かった。地元の親友HKと久々に二人で呑んだ。ロックンロールとバイクが趣味なHK。仕事は人並みに忙しいようである。HKいきつけのBARで旨い酒を呑みながら大いに話す。HKは「バンドやりたくなるなー」って言ってた。

そいやUKに「お前はロカビリーが足りないな」って言われて、「なるほど」とは言ったもののなんのこっちゃ。だけどロカビリーを聴きたいと思った。

帰省中、深夜妹に袋ラーメンを作ってもらった。「ラーメン食いたいなー」とお願いしたら快く作ってくれる超優しい妹である。夜更けまで色んなことを話した。仕事のこと趣味のこと恋人のこと家族のこと。キスマイ熱はどうも冷めたらしい。「東京に住みたいな」と意外なことを言っていた。そしたら大歓迎だが、両親と一番近い距離に住んでいる妹に、来いよとは言えないずるい俺だった。でも妹が来るなら止めはしない、という考え、そこもずるいなと思った。

 

UFOみちゃったよってか。

ほんとにタイトルそれでいいんか?

では

また

ふじた

 

山の日ハンズアップ

in diary

今年は過ごしやすい夏で例年より幾らか快適に過ごしている。
それは気候のおかげということもあるが、精神的によるものもあるかな。両者共に快適な状態で盆を迎えられたのは日々関わる人達のおかげだろう。感謝。シェイシェイ。

先日の山の日制定記念祭に来てくれた皆様ありがとうございました。出演してくれた皆さんも本当に感謝。
俺の30歳の門出を祝ってもらえて嬉しかったです。来てくれた方々本当にありがとうございましたー。

まあ皆がわいわいしながらお酒飲んでたのが1番嬉しいことだったんだけどね。後でスタッフに聴いたらお酒の売り上げが大人にしか出せない金額だった、とかね笑。皆じゃんじゃん飲んでたようでなにより。酒の精鋭達ばかりでしたね。

企画者冥利に尽きるというか、理由はなんでも良くてなんだか皆が集まって、良いバンド見て、わいわいするってだけなんで。大義名分なんてそもそも持ち合わせてないというか、「皆が集まる場所を作る」ってとこまでは全力で、後は遊びに来てくれた人達と作っていくってことが大事なのでね。良いライブイベントになったなーと噛み締めております。まあ出演者は良いミュージシャンしか出てないし、それを見に来る人達もセンスが良い人達なわけで、そりゃ良いイベントになるか、とも思うくらい自信あったけど笑。音楽仲間も沢山来てくれましたね。

ただ自分が主催で主役でスタッフだったもんだから、まー忙しくてね。全然皆とは挨拶くらいで、会話とか出来なかったけど。各々楽しんでたようだったから良しとするかな。また会いましょう。

出演してくれた、同級同郷仲間goldsounds、目指すべき兄貴達tapes、可愛くも妖精のような後輩DODO、格好良すぎる実兄謙太郎、出来すぎる弟ホープ宍戸、北九州の光姉御チダちゃん、童から親父に進化新悟。ほんとにありがとう。素敵な先輩同級後輩ばかり。

チダちゃんの弾き語りの最後の曲の際に、なんかファンキーなトラックが一瞬聴こえて、終わった後チダちゃんに興奮しながら「あんなファンキーなトラックいつの間に作ったの?」って聴いたら殴られましたし。

goldsoundsの長谷川君とはリハから楽屋でバンド議論を交わしながら語り合い、オルタナティブポップ全開のステージでしたし。

tapes兄貴達は圧巻のステージで、そんな良いライブしないで下さいよ、霞むじゃないですか俺がって感じで激励もらいましたし。

宍戸はいの一番に電話くれて、当日のセットリストのリクエストまで受け付けて頂きましたし。

謙太郎には「お前の夏休みは終わりだ」と釘を刺され、最後の曲が名曲な予感ですし。

DODOには付き合い長いのに「フジタアキノブさんの誕生日です!」と声高らかに間違われますし。

新悟は酔っ払いすぎて中々楽屋から出てこず、ギターのチューニングがめちゃくちゃで謙太郎を呼んでチューニングをさせてしまう始末で、涙腺を刺激される始末でしたし。

沢山沢山プレゼント頂きましたよ。
お酒もケーキも頂いて。とにかく感謝。また一緒に音楽を楽しみましょう。

(the)bedsは新曲作りにin。
次のライブはまたまた251で8/23(土)。店長の高塚さんに呼んでもらいました。251の夏イベント。

楽しみだね。
ハンズアーップ。

では
また
ふじた

 

7月はもう、結構。

in diary

今年の7月は珍しく3本ライブやった。月に3本やったのなんて何年ぶりかしら。こういう時に曲が多いと楽ね。見にきてくれた方々ありがとうございました。初見でCD買ってくれたお客さんがちらほら、こちらもありがたい。是非これから(the)bedsのライブに顔を出して欲しいもんだ。8月は2本あるので両日よろしくお願いします。とにかくライブに遊びに来て欲しい。

久々なブログなわけだが、ブログを更新しないまんま梅雨があけてついに2014年夏が始まりましたな。こりゃハッピーだぜおい。(the)bedsは夏の間は曲作りに勤しむことでしょう。

来月で俺は長かった二十代と別れを告げるわけだが、楽しくも険しい二十代だったかな。1歳から10歳、10歳から20歳までを振り返ることなんてしてなかったんだけどね。よし、折角だし振り返ろう。俺の乏しい記憶力を見せ付けるとしよう。時系列。

2004年:大学生。学業はさておき、(the)bedsを組む。メンバーは俺、ヤマダ、ニシノ、アベ。呑んだら寝むくなり、のほほんと暮らす。恋に夢中だった。

2005年:大学生。学業は放っておき、(the)beds初ライブ、場所は渋谷屋根裏。

2006年:大学生。学業を疎かにしすぎたツケが回り始め懸念を抱く、が、(the)bedsはちょこちょこライブもやりつつ、初めての音源「going back home」を作成。今でもライブでやる曲は10曲くらいあるうちの4曲くらい。欲しい人はCDRに焼いてあげようかな。つって今探したけど見当たらない。

2007年:在学中渋谷屋根裏でバイトを始める。これはでかい。そしてその後、初期メンバーニシノ、アベが脱退。朝までファミレスで話した記憶があるが、昔のブログを辿ると合ってる。これも大きい。大学4年生。初めて感じた人生の転機。新メンバーにNYA-Zというバンドのマツダ、コウヘイを入れ(the)bedsで存続。何故か曲が全然作れなくなる。個人的にはこの時期が一番しんどかった。

2008年:コウヘイ、マツダが脱退。新たに、ついに現メンバー、イワサが入り俺、ヤマダ、イワサの3人で存続。秋に「別に」というタイトルの音源を一発録りで作成。初めての3ピースに日々奮闘。何度も音楽を辞めようと思った。そして、今までの人生で最高に金がない。とにかく金がない。

2009年:今までの人生で最高に金がない。とにかく金がない。が、「(the)」を作成。この作品をもってなんだか、少し自信が持てた気がした。なにより生活がすさんでいたし、毎日躁鬱が激しかっただけに、作り上げた時の喜びは一潮だった。今、振り返るべく久々に聴いてるけどその当時の感覚が蘇ってくる。胸が締め付けられる思いではあるが笑。(the)は今も販売中。下手だが、良い曲が多い。

2010年:任される仕事が増えた結果、所得が増えて、生活が楽になる。人員の移り変わりが激しく毎日イライラしていたように思う。酒を沢山呑めるようになっていく。だが、ここで人生の転機。俺の名字が変わる。色々変更登録が面倒くさかったが、一人前になりたいと思った。

2011年:仕事。東日本大震災が起こる。いうても仕事で精一杯。

2012年:仕事。思い出が記憶されていない。酒だけひたすら呑んでいたように思う。だけどこの時期から(the)bedsには新たにハタシンキチというギタリストがしばしばスタジオに顔を出すようになる。現サポートのハタ兄貴。

2013年:職場の閉店により職を失い、願ってもない休暇が訪れるが、どうも虚無感という奴にも襲われたらしい。不覚だった。そしてスマートフォンへのデビューをきっかけに人生で初めて足を怪我する。ながらスマホが原因だ。外傷もさることながら体調への不安が俺を襲い人生で初めて胃カメラ、大腸の検査を行うが、何事も無い。だがあれだけ好きだったコーヒーをやめた。何ヶ月か休んでいたが「やっぱ仕事しないと駄目かも」と仕事を少しずつ始める。この時期は専らグレイプバインの新譜しか聴いていなかった。そんな状態で(the)bedsは3年ぶりのレコーディングに着手。

2014年:(the)beds3年ぶりに「washing life one」「washing life two」という作品を2枚出す。初めてPVを撮影したり、精一杯の周りの応援を受けつつ、無事にリリース。縁あって初めて配信販売も行う。

 

 

さて

2014年8月になろうとしている。ウォッシングライフを発売してから半年が経とうとしており、(the)bedsを始めてから10年が経ち、上京して10年は経ち、そろそろ30歳。少しずつ時は過ぎており、その都度環境も変わり、考えることも変わり、疎遠になる人や最近親しい人やあれやこれや。頭の容量は日々一杯になっていき、日々クリーンアップですよ。無駄なものは圧縮し、デスクトップは一見整頓されているように見えるが、ハードディスクに入っている資料は様々な記憶を呼び起こし、つじつまを全て合わせるにはとてもじゃないが出来そうにないな。あ、今はPCでブログを書いている故。こんな感じです。どんどん変わって行ったんですよ。変わって欲しくないと望んでいた二十代前半、それを受け入れた三十前という感じでしょうか。

来る8月11日は30歳初のライブとなるわけだが、(the)bedsはいいライブをしたいと思うので皆さん宜しく。楽しみましょう。

 

ではまたふじた

OH!HEY!

in diary

先日ライブハウスで、あるオーストラリア人と出会った。彼は俺と年も近く、好きな音楽も近いので仲良くなった。あんなに一生懸命自分の伝えたいことを言葉にしようとしたのはいつぶりだろうか。なんせ英語がうまくしゃべれない。リスニングは出来るかなーと思っていたが、重要なところが聞き取れないといまいちわかんなくて時間がかかったりした。会話は途切れずに1時間以上ずっと話してたんだけど、内容的には30分で事足りる内容。英語もう少し勉強しようかなと思った次第。

彼は普段映像の仕事をしているカメラマンで、日本に何しにきたかは聞かなかったが、好きなバンドの話、ギターの話、どうやって曲作るか、ライブハウスの話、など結構話を聞けた。オーストラリアのバンドは皆LINE6使ってるんだよ笑、とか。
オーストラリアのライブハウスは基本24:00音止めらしく、日本は終演が早いわーと消化不良のご様子。俺は君の一個上だよ、と話したら、若く見えるわ!と驚かれた。

彼の撮ったオーストラリアのバンドの映像を見せてもらったんだけど、とてもかっこよかったのでURL掲載します。

http://m.youtube.com/user/Bermudans

俺は90年代のイギリスの音楽が好きなんだ!と熱く語る彼だったので、(the)bedsのPVもオススメしたところ後日メールが来て、「聴いたけど素晴らしいね!所々に素晴らしいギターが鳴ってるぜ!」と、気に入ってもらえたようだ。

なんだか最近色んなところで新しい出会いがある。

こないだのセブンスでのライブもyumeiroechoさんと初めて出会って呑みながら作詞についての悩みを相談させてもらったり笑、素敵な曲を作る大先輩、高畠俊太郎さんにも「骨太なロックでいいね!意外笑」と褒めてもらえたりと、これまで音楽を作るのが楽しいから音楽をやってるんだけど、音楽人との良い出会いも日々の活力になるな、と感じている今日この頃。

日々働いている報酬が手元に入ってきたので今日はCD5枚買った。気になるのはスコットランド出身のガンというバンド。当たりか外れかわかんないけど笑。家に帰ってゆっくり聴こう。

最近また新しい曲のアイディアを練ってる最中なので、もう少し見えてきたらバンドでやってみようかなーなんて思う。ライブの予定は無いが、弾き語りの練習をしよう。

 

では
また
ふじた

 

 

夏が来る!

in diary

俺の憧れのラジオパーソナリティ、中村貴子さんによる夢の祭典、貴ちゃんナイトvol.6が終わって一週間が経ったわけだが、俺は今でも興奮している。俺はvol.2から今まで参加しているんだが今回はなんと出演者として参加。実兄の関谷謙太郎と(the)bedsとのコラボレーションバンドということで貴子さんから打診を受け、つい先日ステージに立ったわけだ。今出せる力は出せたんじゃないかと思う。

まあとにかく夢のような時間だった。共演の中村一義さん、カーネーションさんのステージに大興奮したのは言うまでもなく、そこに俺らが出演出来たってことに今でも興奮してるわけで、そんな貴重な機会を与えてくれた貴子さんには本当に感謝。

「バンドをやっていて良かった」とライブをやる度に思うけど、今回は格別だった。

自分らのライブを終えて。関谷謙太郎氏はやはり素晴らしいボーカリストであり、一緒にやって本当に楽しかったし、またやりたいとも思った。バンドを解散して1年、バンドでのステージが久々であったにせよ、一緒にやって改めて感じたのは素晴らしいボーカリストであるなあと思った次第。そりゃあ皆謙太郎と何かをやりたい、やらせたい、やってほしいって思うなと。また隣でギターを弾いて、歌いたいって思った夜だったな。やましんは最高の誕生日を迎えられたんじゃないだろうか。貴子さんからケーキのお祝いに、出演者全員からの拍手。なんてこった。良かったな!やましん。

てか今回ほんとは関谷謙太郎+(the)bedsの音源作りたかったんだよな。その作業には入れなかったけど。いずれ何かしらのタイミングで作りたいなと勝手に思ってるがメンバーはどうなんだろう。それが関谷謙太郎+(the)beds名義じゃなくてもいいが、何かしらで形にしたいなあと思っている。

(the)bedsは通常営業に戻ります。音源作成は今年もう一本出すつもりなんだけど、多分間に合わないかな。とりあえずいつも通り、曲作りしながらライブをやっていく所存。

7月の(the)beds live
7/7(月)@下北沢CLUB251
7/11(金)@渋谷7thFLOOR
7/25(金)@池袋Adm

7月はこの3本。どれも大事なライブだ。良いライブになると思うので楽しみにしてて頂きたい。皆さんに見て欲しい。詳細はまた追って。

音楽は楽しい!

では
また
ふじた

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