Archive for the ‘diary’ Category

夏を楽しむために

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渋い!と最近ちょくちょく言われる(the)bedsですが、皆さんいかがお過ごしか。

最近ギターのハタさんにはよく「シングル曲を作って」と指摘をもらってるので頑張って作るんですが、どうしても好きなものを入れたくなって、その結果「B面だね」と言わしめるという具合に曲作りをすすめています。

先日のライブでは皆さんご来場ありがとうございました。やっぱ4人でのライブは楽しいなと思います。歌うのが好きだなーと。しかも自分の歌詞なので力も入ります。

2015.7.26@渋谷LUSHセットリスト
1.ヤギの手紙
2.砂は舞う
3.rococo
4.so far so cute
5.夜の歌
6.ab
7.サイクリン

最近ライブでやる曲が結構決まってきてるんですが、何度やっても飽きないので放っといてますが、8月から本格的に新曲を作っていくので秋くらいにお披露目出来ればいいかな。ライブが出来ればね笑。

ライブがなくても何か皆さんに見せれるようなものがあればいいなと思っているところ。

皆さん夏バテせぬよう、2015年の夏を楽しんでいきましょう。俺も例年以上に楽しみたいと思います。

では
また
ふじた

せんきゅーせんきゅー!

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最近オールドスクール?なヒップホップが好みなんじゃないかと思い始めましたフジタですが、皆さんはいかがヒップしながらホップしてますでしょうか。今晩は。

夏にはライブやりてえなおい!

 

まずは5/22渋谷LUSHでDJやるから!

 

では
また
ふじた

白湯を飲む人へ

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皆で聴くものよりも1人で聴いて熱しすぎず冷めすぎないものを作りたいと思っています。

美容効果があるとされている流行りの白湯みたいなもんでしょうか。

売れる日も近いな。

言うても白湯はタダか。

新曲を作っている。
中々にロックである。

ではまたふじた

結果がすべて

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どうも。寝違えて首から背中にかけてまあまあ痛いボーカルのフジタです。たまにやるんです。上を向くと痛く、首が硬直して軽ーくロボットみたいな動きも少し慣れました。これがもし年齢のせいなら、やはり30歳からの健康法みたいなことを考えなくてはならないかもしれません。

俺は今年の8月で31歳になる。なるべく嫌なことを避け好きなことを掘り下げようとして生きた20代が終わり、30歳になって嫌なことも先に繋がるならやってみようという自身の精神性の変化を成長と捉えるくらいにはポジティブ。また40代になってどう思うかはまだわからんが、この10年をより良いものにしたいというのは無論で、偏に結果を残すことが肝心だ。

 

昨日はお客さんにテキーラを何杯かおごってもらってから記憶喪失、家に帰り目覚めたのが夕方の5時。布団の中でバカリズムのお笑いを見ながら小一時間ぬくぬくとした。

 

偏に結果を残すことが肝心である。

バカリズムまじおもしれー!

ではまたふじた

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booking

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どうも、ついに長きに渡る(10年)鎖国ならぬ鎖書(本をよまないこと)からついに開国ならぬ開書(本を読みだすこと)に踏み切った徳川幕府ならぬ(the)bedsのボーカルです。いきなりうざったく、申し訳がたたない。

何故それほどの期間本を読まなかったのかはわからないが、おそらく教養を補充したり、感覚を研いだり、意思を明確にする、などを目的とした読書である。日常に生かせるところがあれば生かしたいところだ。読み始めたのは司馬遼太郎さんの幕末の短編集。幕末の知識だけが増えた、只の「幕末オタク」になってしまわないよう気をつけたい。攘夷志士に習い一人称が僕、二人称が君などと呼ぶようになってしまったら本に毒されたと思って良いだろう。しかし今のところそんな気配はさほどなく、本を読みながら落ち着いて日常にある物事をきっちりと考えることが出来ているのは素晴らしい効果かと。現実逃避じゃなく、現実を少し離れたところから見て考えることが出来た、と捉えると本を読んでる甲斐もあるなあと思います。

ではまたふじた

乗り物の乗り方

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実は今月、今まで生きてきて初めて飛行機に乗ったフジタ。沖縄まで行ったんだけど二時間くらいで着いてしまい「なんと便利な世の中ぞ」、と現代の技術の進歩に危険を感じた俺は、スチュワーデスさんにむかって「私を誰だと思っている!危ないから今すぐ引き返しなさい!」と凄い剣幕で怒ってしまった事を今更ながら悔いております。

さて現代には自転車、乗用車、電車、飛行機など幾つかの種類の乗り物が存在します。俺が普段乗ってるのは自転車。自転車は良いよー体が強くなるし、電車の中で窮屈な思いしないし、心にも体にも健康的。切符代いらないし、駅で余計なもの買わないしかなり経済的。推奨。ただ事故には気をつけて。別にこんな話をしたいわけじゃないのさ。

乗り物に乗っている時に皆がどのように過ごしているかの話がしたいのさ。

ふと乗り物のことを考えていたら、マイファーザーのことを思い出したのです。俺が幼い頃に家族でどっかお出かけする時に親父に運転してもらって行くんだが、親父は必ずといっていいほど信号待ちの際には本を読んでいたなあと思い出したのです。何の本かなんて興味もなかったけど、ほぼ誰とも話さず信号で止まるたびに本を黙々と読んでた。よくよく考えたらすごい。親父は車の運転中はおそらく一人の世界だったってことなんですよ。信号待ちの少しの時間に知識や情報を仕入れて、運転中はそのことについて思考をめぐらせるという、おそらく隣でマイマザーがこれ食べたいとか仕事でこんなことがあってさ、って話もおそらく左から右だったんだろうな、と。勉強家とも言えるが、現代で言えば空気が読めないとも言う人はいるだろう。まあ俺は「空気が読めない」という言葉にはずっと嫌悪感を感じていて、いつも言った本人に対して「お前が言うな!」と言ってやりたくなりますね。なぜこの言葉が嫌いかは別の号で考えることにして、親父が何故車で本を読むようになったかの真意はわからないけれど、その行為がないと退屈だったんだろうな笑。ただ高速道路に入ってしまうと信号がないため本は読めない。どうする親父!?

そこで我々下々の子供たちの出番である。親父はわれらに問いかける。

親父「今、時速何キロで走っています。休憩所のパーキングまでは後何キロ。さて、何分で着くでしょうか?」

子供たちはぎょっとする。

親父「はい長男」

長男「何キロです(どや顔で)」

親父「正解」

一同パーキングで一休みし、程なくして車は動き出し、親父は問いかける。

親父「今、時速何キロで走っています。おじいちゃん家まで後何キロ。さて何分で着くでしょうか?」

子供たちに緊張が走る。

親父「はい次男」

次男「・・・」

親父「はい次男」

次男「・・・わかりません(パニックで)」

親父「このたろさくが!(「ばかもの」の意)」

次男「・・・だって、まだ教科書そこのページまで行ってないし、いや行ったかもしれないけど復習してないし・・・(涙目)」

親父「ちゃんと勉強しなさい」

 

末っ子の長女には問題が出されることはほぼなかった。ずるかった。

このように高速道路で本の読めない親父は、退屈しのぎに我々後部座席組に「計算問題」という形でコミュニケーションをはかってきた。己が勉強するだけでなく、皆で勉強しようというのだ。なるほど、これはもしや前号で話した「松下村塾」にも通ずるところがあるのではないか!?いや、待てよ、風通しがよくない!窓を開けたい!緊張により呼吸が荒くなり、車内の空気を入れ替えたい!なんなら車酔いもひどい!窓を開けたい!

このまま書いてると親父がひどくクールな合理主義者みたいな人物像になっていくので、ちゃんとフォローを入れとくと、他の「学校はどうだ?」とか「野球はどうだ?」とかそういう楽しい、こちらが話したい話の記憶は計算問題の破壊力が強すぎたため、ほぼそれで埋められてしまったのだろう。それから我々後部座席組は考えた。皆で寝る、という作戦だ。この作戦は中々に功を奏した。我々は酸素の薄い車内と、緊張、そして計算問題への恐怖から、心身が磨り減り、眠くなってしまったとも言える。

 

そんな幼い頃の経験からか、乗用車に乗るとひどく眠くなるし、眠るものだと思っている。

皆さんも乗り物に乗る際にこれしてるよってことあるかと思う。音楽聴いたり、ゲームしたり、それこそ本読んだり、窓の外眺めたり、寝たり。新幹線、飛行機ならお酒呑んだり、お弁当食べたりね。人の迷惑にならない範囲で新しい過ごし方があったら教えてほしいと思う。

 

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ではまたふじた

 

大河の流れ

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毎週の少年ジャンプはつまらなくても欠かさず買うことにしているフジタです。唯一欠かさないテレビ番組はNHKの大河ドラマ。俺のブログを見てる人はご存知かと思う。今作は「花燃ゆ」という、キッズウォーや花より男子での印象が深い井上真央が主役の、あまり俺が得意でない幕末期の話。なぜ得意でないかはいつかまた話すことにしよう。今作「花燃ゆ」は、教科書に当然のように出てくる尊王攘夷論を唱えた明治維新の精神的先駆者、「吉田松陰」の、妹の生涯を描く話。吉田松陰の弟子の久坂玄瑞の妻になった人。吉田松陰役は伊勢谷友介。福山雅治が主役してた龍馬伝では、高杉晋作役を演じてて男前だなあと思ってたけど、今回は高杉晋作の師匠、吉田松陰役。吉田松陰は井伊直弼による安政の大獄で処刑された人なんだが、まあかなりの頭の良い且つ行動力に優れた人物だったようだ。ただ当時の政府、江戸幕府からは何をしでかすかわからない頭の切れる問題児扱いだったわけで、禁書を読んだり、脱藩したり、黒船に乗り込もうとして失敗したり、老中を暗殺しようとしたり、実際何回か牢屋にぶちこまれている経歴を持つ。それも単衣に日本の将来を思えばこそで、社会のルールや法律に泣かされてきた人だったようだ。

とにかく日本を守りたかった人物。

ただその当時吉田松陰の家族はかなりの「とばっちり」を受け辛い思いをしたのは言うまでもない。罪人の家族と見なされ、世間から冷たい目線を向けられたようだ。とは言え歴史的には明治維新の精神的基礎を築いた偉大な人物の家族として現代では尊ばれている、という、なんともな話だ。

松下村塾は歴史に名高い吉田松陰の私塾である。

塾とは言え吉田松陰が人に教えるというよりは、自宅謹慎処分をくらった吉田松陰の元に人が集まり、皆と意見交換をしながら勉強するという塾だったそうな。

そんな風通しが良く勉強出来る松下村塾のような場があれば良いんじゃないか。

最近はそんなことを考えている。

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ではまたふじた

ストロークダンディズム

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お久しぶり、フジタです。まずは近況報告。

(the)bedsは2015年に入ってゆるやかにスタジオに入って新曲を制作し始めたところ。washing life one/twoを作って、バンドの次の進歩を迎えるには修行が必要だなと思いライブをお休みして制作だけに集中している最近。1/10@池袋以来ライブをやっておらず、たまにはライブをやりたいという気持ちにもなる。やる時は告知す。

これが近況報告。

一応人前に出る予定は決まっている。

3/3、3/27、4/4の3日程。全て転換DJでの出演。音楽をかける仕事。

のみ!

今年は暗躍しそうな予感と、あっという間に一年が経つ予感もする、w予感。

ざっとこんな感じで、もうちょいで冬が終わる。

季節が変わる前になるべく色々終わらしておこうと思う所存。

 

 

ではまたふじた

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徒然スタート

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新年あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします。今年も早々に筆が進まずだが、書いてみようかなと思い立って書き始めてみたところ。

今日は休みにも関わらず仕事が入り日が変わる前に帰宅。久々に映画を2本程観て、改めて映画ってのはすごいもんだなと思わされた。

仕事前には祖母が送ってくれた餅があったので、遅まきながら雑煮でも作るかと思い立ち冷えきったキッチンでゆっくり料理をした。

世間は正月ムードも落ち着き、2月という静かな季節に向かおうとしてる中、やっとゆっくり正月気分を味わうことができた。そして作った雑煮が最高に旨かった。

2月は好きだ。

年末年始の騒がしいムードから一変、気温の低下もあってかかなり静かでこじんまりとしたムードにしてくれる。エンタメ系等の商売をやってる人々にとっては売り上げが冷えこむ厳しい季節だが、俺は格段に過ごしやすさを感じる。

夜なんか家にいると、人っ子一人外を歩いてないんじゃないかってくらいに静かで、物事を考えるのに最適。

(the)bedsは1/10に行われた池袋Admでのライブ以降ライブ予定がないものの、新年に入りゆるゆるとスタジオで曲作りを始めている。世間が騒がしくなる春までには何か出来てるかな。出来てないかな。まずはやってみよう。

 

今年はもうライブやんないかも。

 

それくらいの気持ちで。

今このブログを書いてる瞬間に「ライブやりたいか?」と聞かれたら迷わず「NO」と答える自信はある。

何故なら今は寝たい。

では
また
ふじた

我に幸あれ

in diary

最近は冬のせいか休みの日に眠りに着くと次の日の夕方まで寝てしまうということがたまにあり、起きると1日が終わってしまった気持ちになる。

先日はとある送別会に参加し朝まで結構な酒量。帰り道は覚えてないが帰宅して眠りにつき、目が覚めたのは夕方の4時。そこからぼーっとし、ご飯を食べたのが20:30頃。いつもなら悔やむところだが、冬だしそれだけ疲れているんだろう、と悔やむことは極力避け、なんなら新曲の歌詞がかなり難産でそれをようやく書き上げたのだからこれくらいは目をつむろうではないか、と自分へのささやかなご褒美のように捉えられたのなら最早こちらのものである。

毎週欠かさず見ている大河ドラマ黒田官兵衛が終わろうとしている。俺は日本史が小学校の頃から好きで、親父からの誕生日プレゼントで記憶に残っているものといえば「日本史大全集」や、「教科書では教えてくれない日本史」等であった。それに加え親父の書斎にある様々な歴史小説を好んで読み、夏休みの課題として読書感想文というものがあったが、小学校6年生の時に司馬遼太郎先生の「龍馬がゆく」についての感想文を書いた記憶もある。自慢だが某M大学の入試の日本史の得点は自己採点では100点であった。好きこそ物の上手なれとは良く言ったものである。

その一方数学や理科には全く興味を持たなかったので、高校時代は赤点といつも戦っていた。つまりはそういうことだ。自身の大学進学の際、経済学部を選んだのは未だに謎である。

いやはや、1曲書き上げた途端の余裕のあるブログ更新のご様子。歌詞を書いては全消しの繰り返しの中で、すらっと書けた時のよっしゃ感を久々に味わう。歌詞を書き終えたのが朝の7時。そこから独り打上で缶ビールを飲みながら、軽く歌にあわせる作業をしている時の幸福感たるや。

 

 

 

 

 

 

たまりませんな!!

 

では

また

ふじた

 

 

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