団らん

in diary

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久々に家族の団らん的な時間を少し過ごした。
本当の家族じゃないけど、家族みたいなものに少しはなってきているのだろうか。
何よりも落ち着きを感じることがそれを裏付けている。
そう言えば、どうもうちのオカンが私のブログを読んでいるらしい。まあしょうがねえなと思いつつ、このブログで日々思っていることや、生活を悟ってくれたなら、連絡不精の私としてはそんなにマイナスはないはずだ。いや、連絡しなさい馬鹿者。はい。
この頃テンションが低い。何故なら寂しいからである。寂しいとか恥ずかしいけれども、寂しいものはしょうがない。この寂しさをどう埋めてやろうかと辺りをチラチラ見回してみても、中々記憶に残るいいものはない。
まあ寂しさなぞは仕事や趣味に没頭してしまえば一時的に忘れることが出来るが、没頭しすぎると今度は焦りや苛立ちが生まれてきて、家に帰ると、独り寂しく酒を煽るという結果に陥ってしまう。
んーこれではただの寂しい奴じゃないか。わっはっは。寂しさを忘れようとした結果、自身が寂しさと同化してしまうとは。一本とられましたな!わっはっは。
まあそんなことはさておき、この何日間の体調不良のおかげで、ポカリの摂取量が半端ない。毎日飲んでいる。水より飲んでいる。俺の今の体はポカリで作られている。それほどに、体に染み渡るポカリ。
こんなに美味しかったっけポカリ。名前もこんなに可愛かったっけポカリ。
「なあ聞いてくれよポカリぃ」と話しかけてもいいくらいポカリを好きになっている私。ポカリちゃんという名の白いワンピースを着たユルフワ系の女の子なのかもしれないという錯覚に陥るほどだ。
ちなみにスポーツドリンク界でポカリと双璧を成す、アクエリアスはポカリとは違い、パッケージもシュッとしていて名前もクール。最近は握りやすい仕様になっていて、過酷なアスリート向けだ。
私にとってアクエリアスという名はセイントセイヤに出てくる、ゴールドクロスを纏った水瓶座のカミュを連想させる。氷河の師匠のカミュ。奥義はオーロラエクスキューションだ。
寂しさを纏った今の私に必要なのは、アクエリアスのカミュのような厳しさの中にある優しさではなく、「ポカリちゃん」のような甘ったるい優しさなのである。
ああポカリちゃん。
寝る前に飲むよ。
私を優しく包み込んでくれないか。
ああポカリちゃん。
これもオカンに見られているのだ。
では
また
ふじ

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