光景

in diary

素敵な光景を目の当たりにした。
おそらくまだ3歳くらいの小さな子供が何かを手に下げ、神妙で、なにかを覚悟しているような面持ちで一人道を歩いていた。
「こんなに小さいのに」と身を案じ、どうしても気になって何度も振り返ってみたが、彼が向かう方向に夕日があったのも相まって、背中からも十分なエネルギーを感じて、黙って見送ることにした。
そしてまた自分の方向に歩きだすと、何やら道の端をこそこそと俊敏に動く人影を発見。凝視するとオシャレな格好した30過ぎくらいの一人の男性。
つじつまが合うまで数秒かかったが、理解し終えるかし終えないかくらいのタイミングで、電柱の間に隠れたその男性が10メートル先の僕に声をかけた。
「初めてのおつかいなんです!初めて1人でDVDを借りに行ったんです!」
と僕に聴こえる程度の声で説明してくれた。
僕は「そうなんですね~無事たどり着けるといいですね」と笑って見送った。
そう彼らは親と子であった。
昨日8/15は終戦記念日。今日は記念日の次の日。64年?だっけ?
経った今、そんな光景を垣間見れる平和な世界に感謝しなくてはならない。
誰に?
無論、悲しい戦争で死んでいった沢山の人達に感謝。
戦争は終わらない、僕らの日常でも戦争は形を変えて、僕らの心の中や、現実として重くのし掛かっている。
兵器もそうだ。
飛び降り自殺により遅延した電車が、誰かにとっての「兵器」になっていることもあるんじゃないかと思う。
ツイッター等の情報通信ツールでもそうだ。あれは中々手強い。主張も批判も全て勝手に発信ができる。それも世界中に。様々なソレラが横行する。そして殆ど誰でも使える。あれも時として兵器になりうる可能性がある。水鉄砲のようなものでももしかしたら、とも自分は思ってしまう。
あの少年の何かを覚悟をした小さな背中と、それを見守る父親の後ろ姿を忘れてはならないなあ。
一足遅い盆休みを頂いております。1日だけれど。そんな1日の始まり。
では
また
ふじ

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