そう声を出して唱えていたのだ。
そこにいる老若男女全ての人がお坊さんの後に続き、お経を読む様はなんだか懐かしくもあり、こっ恥ずかしくもあり、その時点でもう若干モラルを意識しだしている俺。
悪魔は今か今かとその時を待ち望んでいる。
お経を唱えている途中俺は、ふと思った。
「あれ、キーが低いなあ」
そう。基本的にキーの低いお経に、僕ちんの声帯はついていけなかったのだ。
「俺だって皆と同じようにちゃんとお経を唱えたい!ちゃんと偲びたい!」そう願った。
その欲望を悪魔は見逃さなかった。
僕はオクターブをあげてお経を唱えだした。1音階あげてしまったのだ。
それはまるでスーパーカーのナカコーと一緒にサビを歌うミキちゃんのように、素敵な高音で華やかに抜けてしまったのだ。
隣でお経を唱えていた兄は下を向き震え出してしまい、苦し紛れに一言「やめろ…」と悲痛な叫びで訴えた。
僕は気づいてしまった!オクターブをあげて、そんな素敵なハーモニーを生み出しながらお経を唱えてしまっている滑稽な自分の姿に!
その瞬間腹からどっと笑いが込み上げてきた。もう溢れてしまうぅぅ!溢れてしまうぅ!隣の兄貴もかなりまずいことになっている!最早このままでは共倒れだ!
それはまずいと、俺はお経のことを考えずに別のページをめくり始めた。
その教科書めいたお経の本には様々な法事や仏教に関する情報が沢山つまっており、「ほうほう」となんとか平静を取り戻そうと、俺はお勉強タイムに入ったのだ。
目次を見ると「食事の作法」というページを発見。これは面白そうだと開くと、
悪魔はその機会も見逃さなかった…。
「汝この食をなんちゃらこうちゃら、それを食すなんちゃらこうちゃら…
いただきます。」
「汝食をなんちゃらこうちゃら、食後のなんちゃらこうちゃら…
ごちそうさまです。」
ぷぷぷぷげほ!!
あかん!そんなこと今まで言ったことないよ!まさか、いただきます、ごちそうさまですの前に前置きがあったとは!今までハショってたなんて!知らなかった!しかも全部平仮名で書かなくても!可愛くなっちゃってるし!もう無理もう無理!
最早全てが地雷となった。お坊さんの丸みを帯びた背中も、兄貴の座ってる方の電気カーペットだけ電源が入ってないことも、妹の顔がお焼香の時だけ緊張のせいでめちゃめちゃ強ばっていることも、全てが面白すぎる~!は~は~!もう無理です~!助けて~神様~!
なんなく堪えたままお経を読む時間が終わり、最後にお坊さんの説法。
お坊さんはマジモードに入り、皆緊張した面持ちでお話を聴いていなさる。僕も真面目な顔をして臨んでいた。
しかし、そこにも最後の悪魔が潜んでいたのだ。
お坊さんの口から「バックボーン(backbone)」という言葉が多々出てくるのだ。何故かそれだけ横文字なのだ。とにかく「バックボーンが大事なのです」とバックボーン押しなのだ。おそらく言いたいだけなのだ。もう無理だす~。勘弁して~。良いこと言ってるから尚ヤバい。
しかし僕は見事に耐えきった。寧ろ隣の兄貴も。悪魔に打ち勝ったのだ。
いやあ不謹慎。気を悪くしてしまった人ごめんなさいね。その後ちゃんと兄貴に殴られてっからね。でも皆さんも気をつけてね。こういうこと絶対あるから。人って色んな繋がりの中で生きてるし、人と接触しないと生きられないし、その中で作られるモラルやマナーって沢山あるんだけど、いつでも悪魔は沢山潜んでるから。うっかり起こさないようにね!取り返しつかなくなっちゃうからね!ほんと。
「バックボーン」はほんとに危なかったんだから!
んじゃあまた。機嫌の良い関谷でした。