電車の中で

in diary

死んだような眼をするというのは無理もない話だ
彼らは日々闘っているんです
電車の中くらい死んだ眼をしてたっていいじゃないか。人にあたるこたないけど。てなことを電車で思う。
そんな中改札機付近で人がコケてバッグからものが落ちまくり、改札機が渋滞する。近くにいた人は優しく物を拾ってあげ、少し遠くにいる人は少しイライラする。コケた方は『何やってんだ自分感』に数秒間囚われるが、すぐに拾ってくれた人に会釈をし、その場を立ち去る。改札機付近はまた正常な流れに戻り、急いでいた人は数秒の遅れを取り戻すかのように倍の速度で歩く。
今日は気を遣わなくて良かった。今日はなんかいい気分。今日はイライラした。
色んな思いがその場では交錯することなく、他方に散らばり、何かしらに影響し、最終的に交わるかもしれない。ていうかきっと交わってる。
その場で面と向かえないのは日本人らしい。僕もそう。『つっかえてるぞ』なんて野次は飛ばせない。
でも結局どこかで消化される。やっぱり回ってる。人が交わる上で歪みは必ずある。
その歪みエフェクターをプラスにもマイナスにもするのは自分次第で、とことん歪むもちょこっと歪むもオールオーケー。どれだけ自分が受け入れられるかが大事かな。開き直るんじゃなく。そう信じている。
では
また
関谷

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